大企業で研究開発しかしてこなかった30歳が、スタートアップの事業開発に転職し、2年間まったく受注できなかった話

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私はいま、技術の分かる事業開発という仕事を心から楽しんでいる。
このTechBizで、技術を売ろうとしている大学やスタートアップを取材しているのも、その延長線上にある。新しい技術、新しい人、新しい挑戦に出会える。純粋に楽しい。

でも、最初からそうだったわけではない。

私は新卒で大手化学メーカーに入り、6年間、研究開発をしていた。
その後、ディープテックスタートアップに転職し、研究開発の現場を離れて、事業開発の世界へ足を踏み入れた。

親は普通のサラリーマンで、商売の世界とは無縁の世界で育った。
私自身も、営業経験はゼロ。事業開発経験もゼロ。

しかし、不思議なことに、新卒の頃からずっと
「どうしたら研究成果を事業にできるのだろう」
という問いだけはずっと頭の中にあった。

原体験は、大学時代のインターンシップだと思う。

某大手メーカーのサマーインターンで、私は3週間、研究現場に泊まり込みで入らせてもらった。配属先は少人数の新規テーマチーム。20歳そこそこの若者にも等身大で接してくださり、「どうしたら事業になるのだろう」と悩む姿や心の内を見せてくださった。

世間を知らない大学生として、「企業研究者とは、スマートに何でも成功させるのだろう」という大変勝手なイメージを持っていたので、企業も大学と同じく悩みながらやっているんだなあと感じたものだ。これが原体験のひとつめだ。

その後、ご縁があって私はその会社に入社した。
配属先は、新規事業につながる先端技術を探索する部署だった。
大手メーカーともなれば旧帝大出身の方々ばかりで、いわゆる若手エース格の研究員たちが集められていた。
本当に優秀な人ばかりだった。

でも、時間が経つにつれて、みんな少しずつ元気がなくなっていった。

新規事業には正解がない。
真っ白な画用紙を渡されて、「何か描いて」と言われるような仕事だ。
しかも大企業の中でやるとなると、なおさら難しい。

その姿を見ながら、私はまた思っていた。
どうしたら技術は事業になるのだろう、と。これが原体験の2つめだ。

もっとも、当時の私は自分で事業を作っていたわけではない。
すでにテーマ化された研究開発チームに所属し、与えられたテーマを必死に進めていた。
研究自体は面白かった。新規性も高かった。


でも、6年やっても、「自分でも事業を作れそうだ」という感触は、正直一度も持てないでいた。研究しかやっていないのだから当たり前なのだが、当たり前のことに6年かけて気づいたのだった。

いろいろ悩んだ末に、私は30名ほどのディープテックスタートアップへ転職した。
研究開発から離れ、事業開発へ。完全なキャリアチェンジだった。

ちなみに、スタートアップにおける事業開発とは、ほぼ営業である。

事業開発というと聞こえは良いから、キラキラした仕事だと勘違いする人もいるらしいが、泥臭い仕事である。
ただし、営業と言いつつも、完成した製品も、定まった顧客も、確立した販路も、社内の業務フローや組織もない。
正確には、売りながら事業を考える仕事だという点で、営業ではなく事業開発なのだ。

私が入社するまでは、創業者が自ら営業されていた。
事業・組織の拡大を考えはじめた頃、1人目の営業人材として私が入った。
事業開発経験ゼロの私は、もちろん、ポテンシャル採用である。

2018年、30歳。
私は突然、営業現場に立った。

会社の技術や実績を説明すること自体は、すぐにできるようになった。
昔から、複雑なことを分かりやすく説明するのは得意だったからだ。

ただ、今振り返れば、私がやっていたのは営業ではなかった。
ただの技術講演だった。

初対面の相手に、30分、40分と、一方的に会社の技術や実績を話し続ける。
相手のことはほとんど聞かない。
なぜ商談してくれたのかも聞かない。
何に困っているのかも聞かない。
ただ、うちの技術はすごいんです、と話し続ける。

今思い出しても、だいぶひどい。
文系のお客様も、真剣な顔で付き合ってくださっていた。申し訳ない。

(念のため書いておくと、今はそんなやり方はしない。ただ、アイスブレイクが苦手なのは今も変わらない。)

問題は、その後だった。

私は入社してから約2年間、まったく受注できなかった。
1円も売れなかったのだ。

ちなみに会社が売っていたのは、製造業向けの研究開発サービスだった。
平均単価は数百万円。
ゼロが2年続けば、かなりきつい。

いま振り返ると、当時の私がまずかった点ははっきりしている。
本当にひどいのだが、あえて書く。

① 営業データを残していなかった

どの営業部門でも、顧客管理表、営業管理表と呼ばれるようなものはあるだろう。

営業を始めた当時の私は、そのようなものを持ち合わせていた記憶がない。

ではどのように個々の案件を記憶していたのだろうと思うが、それは私も思い出せない。

とにかく、誰と商談していて、それぞれがどのようなステータスなのか、どのような引き合いが来ているのか、モニタリング・分析する材料は無かった。

② “何をどの程度頑張れば結果が出る”という定量的な仮説は皆無だった

毎日予定を詰める。
出張に行くなら3件、4件と商談を入れる。
忙しくしていれば前に進んでいる気がする。
当時の私は、ほとんどそれだけだった。

受注率はどの程度と見込まれるのか。
そのために、何件の引き合いが必要なのか。

そんな仮説は一切無かった。

ゴールの見えない中を、全速力で走っていた。
いま思えば、よく壊れなかったと思う(正確には少し壊れかけていた)。

今や数多の書籍で言われていることだが、数値ベースで考えることが必要だった。

まず、引き合いから受注までをいくつかの工程で区切る(例:全引き合い⇒見込み顧客⇒契約)。

そして、各工程間のCVR(コンバージョンレート)を仮置きする。

最後に、業績目標である契約数から、必要な見込み顧客数と全引き合い数を逆算する。

図にすると以下のようなイメージだ。

③ 誰にでも売ろうとしていた

当時の私は、営業は「売る仕事」「顧客からお金をとる仕事」だと思っていた。
だから、相手が本当に困っているかどうかより、こちらの説明の上手さの方が重要だと思っていた。

欲しいと思ってもらうために、一生懸命、会社や商品の説明をしていた。

相手がなぜ商談してくれようと思ったのか、普段どのような仕事をし、どのようなKPIを負っているのか、など質問することはほとんど無かった。

こんな状態だから、常に「下請け」のメンタリティだった。

顧客が「詳細情報が欲しい」といえば、なんとか提供しようと社内を駆け回った。

出会う顧客はすべて均等に追いかけた。

本来、商談で目指すべきは、あなた(顧客)の課題に対するBESTソリューションは自社商材ですね、という共通認識を顧客と作ること。

「砂漠で水を売る」という営業界隈では有名な例え話がある。

街中なら150円の水も、砂漠で売れば1万円にも10万円にもなりうる。

本当に困り果てている顧客へソリューションを提供できれば、高く売れるということになる。

④ 価格に自信がなかった

数百万円のサービスを提案すること自体、どこか後ろめたかった。
相手が少しでも渋い顔をすると、すぐ値引きしたくなった。

当時の私は、顧客の課題も整理できていなかったし、その課題が解けたときの経済効果も考えていなかった。
競合と比べて、自社サービスがどういう位置づけなのかも言語化できていなかった。

それでは、価格の正当性に自信が持てるはずがない。

ちなみに、多くの営業組織において見られるのが、社内におけるプライシングの根拠やロジックの共有が甘いことだ。

高く売りたいから1キロ10万円で売りましょう、みたいなルールだけが決まっている。

市場価格よりはだいぶ高い設定だが、当社がターゲットとする顧客は、その課題解決のために相当のリソースを払っている。そして、うちの商品は極めて希少な解決策となれると思う。コストベースで考えても販売数量の小さい現段階では、10万円で売りたい」。

みたいな、仮説や背景が営業マンまで丁寧に共有され、商談で説明できるように訓練されていない。営業に苦しむ会社ほど、これが出来ていない印象がある。

⑤ 市場や顧客との信頼関係をじっくり育てるという発想がなかった

私は毎回、その場で勝とうとしていた。
でも、数百万円のBtoB商材は、初回訪問で売れるものではない。

特に日本企業では、

根回しがあり、
予算取りがあり、
承認がある。

時間がかかる。

だから本当は、見込み顧客を時間をかけて育てなければいけない。

自分から売ろうとせず、顧客から買いに来てくれる状態を作ることが重要ということである。

でも当時の私には、その発想がなかった。
顧客との信頼関係を“資産”として積み上げるBS(バランスシート)的な感覚が無かった。
毎回、その瞬間の勝ち負けしか見ていなかった。

その後、私はいくつかの偶然の受注を経験し、ようやく営業というものを少しずつ理解していった。
結局、営業マンが覚醒するきっかけは、受注体験なのだと思う。

それでも、コツを知っておくだけで、覚醒までに要する時間は短くすることができると思っている。

もし、あの頃の自分に戻ってやり直せるなら、やることはシンプルだ。

まず、全部記録する。
次に、工程ごとの歩留まりを数値化する。
そして、誰にでも売ろうとしない。
顧客の課題が深く、自社が刺さる相手だけを追う。
価格は、商談で出し惜しみしない。なるべく早く出す。
最後に、こちらから訪問して売るのではなく、相手が買いたくなる状態を先に作る。

いま書くと当たり前だ。
でも、当時の私は本当に何も分かっていなかった。

最初は、かなりつらかった。
たぶん、これからディープテックスタートアップが増えれば、研究者でありながら営業に挑戦する人も増えると思う。
その人たちの多くが、同じように苦しむ気がする。

この記事が、その最初の遠回りを少しだけ短くできたらうれしい。

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