ディープテック領域をはじめ技術を利用した新規事業開発に関わっていると、「誰が技術を売れるようにするのか」という話がよく出ます。
売り先が決まり、開発も終わっているものは、事業のプロが扱うのが良いと思います。事業提携、合弁、M&A・・・むしろプロでなければ扱えないレベルの話が増えてきます。しかし、まだ研究開発が必要で、売り先も定まっていないようなステージは別です。
まだ世の中にない科学技術を武器に事業を興そうとする場合、試行錯誤の過程で、技術を理解した人間の存在が不可欠になるのです。
理系技術者にビジネスを学んでもらうのか。
それとも、営業や事業開発を経験してきた文系人材に技術を学んでもらうのか。
悩ましい選択で、私はつい最近まで「どちらでもいい」と思っていました。
その技術を理解している本人が売るのが理想なのですが、現実的には難しいことが多く、それなら、商社やコンサル、営業、事業企画などを経験してきた文系の方が技術を学ぶ、あるいは技術者と組んで売る道もあっていい。
そう思っていました。
でも、少し考えが変わってきました。
あくまで私個人の意見ですが、なるべく技術者が営業に取り組む方がいいと思っています。私自身の経験を振り返っても、勢いのあるスタートアップには必ず、事業開発・営業もできる技術者がいました。

もちろん、技術者なら誰でも事業をやるべき、という話ではありません。向き不向きがあります。
なぜそう思うようになったのか。そして、どんな方が技術から事業への越境に向いているのか。
自分自身の失敗と、これまでいろいろな会社で見てきた事業人材を振り返りながら考えてみます。
研究者だった私は、事業開発に転職して2年は売れなかった
私は、30歳まで研究開発しかしたことのない理系人間でした。
大学院を出て、大手化学メーカーに入り、微生物を使った研究開発をしていました。
営業経験ゼロ。マーケティング経験ゼロ。価格交渉も契約交渉も、もちろん経験はありません。そこからディープテックスタートアップへ転職し、事業開発を始めました。
そして、かなり苦しみました。最初の2年間はほとんど受注できませんでした。営業は売るものではないという本質に気づくのに2年くらいかかった気がします。

今振り返れば笑ってしまう話ですが、営業をしているのに案件管理すらまともにしていませんでした。営業とは文字通り売るものだと思っていて、心の中ではずっと「買ってください」を連呼していました。
価格を聞かれても、悪い気がしてはっきり答えられない。
契約書を一文字修正されただけで「負けた」ような気持ちになる。
買っていただく限りは、技術のすべてをしっかり理解いただく必要がある。だから細かなところもすべて説明する。
研究者として身につけてきた仕事の仕方と、事業開発で求められる仕事の仕方が、かなり違ったのです。
技術者が営業デビューするときの筋肉痛
営業や事業開発だって、誰にでもできる仕事ではありません。使う筋肉が違います。向いていない/楽しくないと悟り、もとの研究開発畑に戻っていく方だってたくさんいらっしゃると思います。
だからこそ、技術者が営業現場に出ると最初は猛烈な筋肉痛になります。

でも、筋肉痛になるということは、その筋肉は鍛えられるということでもあります。
- 即レスする。明るく、ハキハキ、はっきり話す。
- お客様だからと必要以上にへりくだらず、対等に話し、ときに交渉する。
- 詳細・具体の視点と、全体・抽象に視点を行き来する。
- 誰かに課題を与えてもらうのではなく、自分で課題を設定する。
- 正解がないことに慣れる。
- 60点でも決める。動く。お客様に聞く。間違えたら直す。また動く。
筋肉痛になりながら、事業や営業の当たり前に少しずつ順応していきます。
事業は人間や感情も相手にする
もう一つ大きく違うのが、事業・営業は人間を相手にすることです。
科学法則に感情はありません。でも、事業の相手は人間です。人は論理だけでは動きません。
会社にとって正しいかどうかだけでなく、自分の評価はどうなるのか、失敗したら誰が責任を取るのか、上司に怒られないか、自分に何のメリットがあるのか。
そこには必ず、感情、心理、動機、立場、利害があります。

わたしは会食・接待を大事にすべきと言っているわけではありません。私自身、会食はほとんどやりません。ドライなスタイルでも構わない。
ただ、人間の感情を変数から消すことはできません。
例えばお客様が「予算がありません」と言った。
本当に予算がないのか。単に優先順位が低いのか。担当者はやりたいけれど上司を説得できないのか。リスクを懸念されているのか。
同じ一言でも、背景によって次の行動は全く変わります。
そして、人間は利己的な生き物です。組織のために働いているとはいえ、どこかで自分のために動きます。「成果をあげたい」「成長機会を得たい」「早く帰りたい」「めんどくさいことには巻き込まれたくない」。このような動機が、個々の行動に影響しているのです。
この人間臭さを面倒だと思うのか、面白いと思うのか。ここにも向き不向きがあります。
それでも、技術者側から越境したほうがいい
ここまで読むと、「そんなに大変なら、最初から営業経験者に任せればいいじゃないか」と思われるかもしれません。
実際、私は長い間そう思っていました。営業や事業開発で求められる基本動作や姿勢、スキルだってそう簡単には身につけられないものなのではないかと。
これまで、大企業、ディープテックスタートアップ、大学発スタートアップなどで、商社、銀行、コンサル、メーカー企画、研究者、起業家など、かなり色々な経歴の営業・事業開発人材を見てきました。
率直に言えば、平均点が高いのは、圧倒的に事業側の人たちです。

特に、事業開発、事業企画、ソリューション営業などを経験してきた人は強い。お客様との距離感を知っている。案件の見極めができる。交渉ができる。社内外の人を動かせる。
一方、技術者出身者には、驚くほど事業リテラシーがないことがあります。まさに昔の私がそうでした。商売なんてしたことがないし、営業とマーケティングの違いも知りませんでした。顧客の課題を見るなんて発想はありませんでしたし、とにかく顧客に買わせることが営業だと思っていた。
冒頭で申し上げたように、売り先が決まり、開発も終わっているものは、事業のプロが扱うのが良いと思います。事業提携、合弁、M&A・・・むしろプロでなければ扱えないレベルの話が増えてきます。しかし、まだ研究開発要素が残っており自分の姿も流動的に変わり、そして売り先も定まっていないようなステージでしたら、技術者が事業スキルを身につけて売った方がいいと思っています。
理由は、両者が越えなければならない壁が、左右対称ではないからです。
技術の壁はあまりに高く、勉強だけでは越えにくい
事業側の人が技術を理解することは、もちろんできます。技術用語を覚える。用途や原理を勉強する。
でも、技術の付加価値を本当に高く売ろうとすると、それだけでは足りません。
お客様の課題はどのような原理で発生しているのか。
自社技術はどんな原理で、お客様の課題を解決できるのか。
ここまでつなげて初めて、
「この課題なら、原理的に我々が強い」「むしろ我々(の技術)にしか解けない課題だ」
というストーリーが作れます。
事業の形が定まっていないステージほど、変数は顧客側にも自社側にもあります。顧客の課題、そして自社のソリューション、どちらも技術という言語で概念的・抽象的に見つめなければなりません。課題とソリューションが「技術的に」ハマるのかを測らなければならないのです。

ここは、短期間の勉強ではなかなか身につきません。(特許・知財をなさっている方は例外的に、概念的・抽象的に技術の特徴を掴まれるのがとてもお上手だと思います)
「それについては技術担当がお答えします」で思考が分断される
文系人材が商談をしていると、技術の話になった途端に、
「では、詳しいところは技術担当から説明します」「会社に持ち帰って技術陣に確認します」
となることがあります。
もちろん、それ自体は悪いことではありません。そうせざるを得ない。
問題は、その瞬間に思考や文脈が分断されてしまうことです。

事業担当者は、市場、顧客、価格、競合を考える。
技術者は、原理、性能、実現可能性を考える。
違う人間同士なので、自分の担当していない領域に関しては、認識がズレます。
一方、事業ができる技術者なら、事業と技術の間を一人の頭の中で往復できます。
ここに、とても大きな違いがあります。
研究者が事業開発まで究める必要はない。
だからといって、技術者が営業も、マーケティングも、契約も、知財も、会計も、ファイナンスも全部プロになる必要はありません。
技術者には、すでに「技術」という強い軸があります。
お客様と話せる。案件の良し悪しを判断できる。価格について話せる。契約で何が論点になるか分かる。数字を見て、事業として成立するかを考えられる。
そこまでできればいい。
分からないことは、法務、知財、財務、営業の専門家に聞けばいい。
大事なのは、どこに行けば答えがあるのかを知っていること。そして、素直に聞けることです。

越境に向く技術者/向かない技術者
もちろん、誰にでもこの道を勧めるつもりはありません。
研究そのものが大好きな人もいる。研究だけして過ごしたい。それでいいと思います。
ただ、技術も好きで、人と話すことも嫌いではなく、正解がないことを面白がれて、知らない世界へ飛び込むことを楽しめる。
そんな技術者がいるなら、できれば仕事のスタイルが固まり切る前に、一度事業側へ出てみてほしいと思います。
うまく越境できた技術者には、共通点があります。
素直であること。言い換えると、「事業・商売とはこうあるべき」という固定観念にとらわれていないこと。そして、とにかく動くエネルギーがあること。

「自分はこういう仕事の仕方をする人間だ」という価値観が固まりすぎていると、たいていの越境は難しいことが多かったです。そして、近くに見本となる人がいるかどうかも大きい。
小中高時代の部活を思い出してください。良い教師・コーチ・見本のいる強豪校には早々勝てません。
どうお客様と話すのか。どこで強く出るのか。どこで引くのか。どう値段を決めるのか。どう技術を価値に変えるのか。
これは教科書より、隣で見る方が圧倒的に早いと思います。
研究所のなかに、次の事業開発責任者がいるかもしれない
ディープテックスタートアップやメーカー新規事業では、「事業開発人材がいない」という話をよく聞きます。
すると、商社から採ろう。コンサルから採ろう。営業経験者を採ろう。MBA人材を連れてこよう、となります。
もちろん、それも一つの方法です。
でも、その前に一度、研究所の中を探してみてもいいのではないでしょうか。
技術が好きで、でも技術だけに閉じていなくて、人にも興味があり、素直で、よく動く人。
そんな技術者がいたら、営業の完成品を外から探すより、その人を優れた事業開発人材の隣に座らせてみる。
お客様のところへ連れていく。
値段を言わせてみる。
交渉させてみる。
失敗させる。
最初は筋肉痛になります。
私もそうでした。
でも、その筋肉は鍛えられます。
私は、技術から事業へ越境する方を様々な形でサポートしています。お困りのことがあればお気軽にお問い合わせください。

