汎用性の高い技術は、本当に強いのか。
ゲノム編集、MOF、植物工場、陸上養殖・・・。いずれも用途の広い革新的な技術だ。
例えばゲノム編集。2020年にノーベル賞を受賞した同技術は、医薬医療、研究開発ツール、工業バイオ(バイオものづくり)など広範な用途に展開されている。
ちょっと仮定の話をしてみたい。ゲノム編集がまだ世に知られていない時代。ゲノム編集というとんでもない技術を発明してしまったあなたは、会社を作り事業を始めようとしている。さて、どうやって事業展開するだろうか?
ひとつの大きな分岐点として、「多用途展開」 or 「特定用途に集中」がある。

前者の選択肢は非常に魅力的だ。ある技術を起点に多用途展開する戦略を、プラットフォーム型と呼ぶこともある。
実にさまざまなクライアントが、「これが出来ないか」「あれが出来ないか」と声をかけてくれるだろう。人に必要としてもらえることは単純に嬉しいものだ。実は私自身も、このビジネスが大好きだったし、大きく自分を成長させてくれた。
しかし、ディープテックをプラットフォーム型に展開することには、見落とされがちな側面もある。本記事では、私自身の経験もご紹介しながら考えたいと思う。
私はプラットフォーム型ビジネスが好きだった
実は私は、この「禁断の果実」に夢中だった。マイクロ波プロセス、微生物発酵、ゼニゴケ、においセンサー・・・、むしろ用途が広く想定できる技術のある会社ばかり選んでいたと言えるかもしれない。
私がこのプラットフォーム型ビジネスに惹かれた理由は、大きく3つある。
一つ目はなにより、広くお客様のお悩みやご期待に応えられることだ。
汎用性の高い技術ほど、お客様との接点が広がる。門戸を広くすることで、お客様からは「これに使えないか?」「この課題で困っているんだが解決できないか?」など、さまざまなご相談が舞い込むようになる。せっかくお声かけいただいたならば、それに応えたくなるのが人間だと思うし、実際にお客様に喜ばれたときにはこの上ない達成感がある。

二つ目は、常に新しい挑戦ができるということだ。
門戸を広げれば、ご相談・ご依頼は多様化していく。汎用性の高い技術であるほど、多様化の傾向は強くなる。私の場合も、化学、石油、電材、化粧品、食品、機械・・・と、本当にいろいろな業界の方々とご一緒させていただいた。業界ごとに常識・習慣が違うものだが、新しい知見や人脈、刺激が常に入ってくることは、個人の知的好奇心を満たす。

最後は、小さな起業を繰り返せるということだ。
ひとつひとつが異なるご相談に対して、自社の技術をソリューションとして当てはめていく行為。その過程では、ターゲット市場や顧客課題を特定するアクションだけでなく、どのように技術を実装するかの研究開発、資金計画、パートナーとの役割分担・プロジェクトマネジメントなど、起業に近いプロセスを何度も何度も経験することができる。私はこれを「小さな起業の千本ノック」と呼んでいる。量をこなすことで自分なりの型が出来てくるし、そのおかげで個人として大いに成長させてもらうことができたし、振り返ってみると、この経験や当時のご縁が今の私の土台になっていることは間違いない。

それでも、何かがおかしかった。
「技術を出来る限り広く普及させよう!」と意気込み、技術営業を始めた。
はじめは順調だったように思う。接点が多くイノベーティブな技術であるほど、お客様との会話は弾む。その結果、アライアンス・売上は急拡大していった。ディープテックスタートアップがプラットフォーム型ビジネスを志向する場合、「オーダーメイド型」に個々のターゲットに対する研究開発、PoC(Proof of concept)が初手となる。
しかし….。アライアンス・売上は拡大しているのに、会社としてステージが進んでいる実感が持てない。ずっとPoCを繰り返している。いわゆる「PoC地獄」である。最初は理由が分からなかった。

「自社の技術レベルが低すぎるのだろうか」(技術に対する勝手な失望)
「自社の営業・研究開発のオペ―ションが不十分なのか」
「顧客企業の意思決定プロセスに問題があるのか」
あるとき気づいた。
私自身は確かに成長しているし、お客様からは変わらず関心を持っていただき、期待もしていただける。しかし、会社としてはいつも同じような位置を周回している気がする。社員は誰もが本気で仕事に取り組んでいるし、こんなに頑張っているのに、この違和感の正体は何なのだろう。きっとこの違和感は会社や社員の努力不足ではなく、もっと構造的な問題があるのではないかと思うようになった。
なぜ経験や苦労が積み上がらないのか
数多くのPoCを経験するなかで、私はある構造的な問題に気付いた。それは、会社にナレッジが蓄積しにくいということだ。一つの製品を磨き続けるビジネスでは、昨日の経験が今日の改善につながる。営業も、研究開発も、製造も、少しずつ磨かれ、会社全体の競争力として積み上がっていく。

しかし、プラットフォーム型ビジネスでは、この「積み上がる」という感覚を持ちにくい。
まず、事業面である。
営業にとって、同じ引き合いはほとんど存在しない。顧客が変われば業界も変わる。業界が変われば商習慣も意思決定プロセスも、求められるデータも変わる。お客様や業界についての理解が進むほど、営業は次のような思考をするようになる。
「お客様はこんなことで困っているだろうな」
「この業界ではこんなデータの表現方法をしなければ話すら聞いてもらえないんだよな」
「お客様は言及しないが、競合法の存在をご存知ないんだろうな」
「この会社さんは予算審議開始が早いから急いで提案しないと」
しかし、広く浅く様々なお客様・業界にアプローチする場合には、自らのナレッジにもとづく「先回り」をするのは難しく、いただいたご相談に対してただレスポンスするような営業になりがちである。
技術面も同様である。
ひとつとして同じ引き合いはない。常に新しいご相談が入ってくる。技術者はそのたびに、頭をひねり、「技術的に解決できるか」「コストが合うか」「理論的にはイケるかもしれないが技術リスクはないか」「事業化までどんなロードマップを引くか」を考えなければならない。現場レベルでは、実験方法、使用設備、分析方法なども毎回異なる。実験に伴う安全対策も異なり、その都度「これは自社で実施できるだろうか」と安全対策委員会で議論することもあっただろう。

もちろん、個々の経験は無駄ではない。むしろ、人は驚くほど成長する。
多様な業界を知り、多様な技術課題を経験し、多様な顧客と向き合うことで、一人の事業開発担当者、一人の技術者としての引き出しは確実に増えていく。
しかし、その成長がそのまま会社全体の競争力に直結するとは限らない。
これは、社員の能力不足でも、経営者の努力不足でもない。むしろ引き合いが多く順調に見える会社ほどとても忙しくみな働いている。
経営とは、限られたリソースをどこへ配分するかを決める営みである。ある要素技術(製品にはなっていない技術)を多様な用途へ展開するプラットフォーム型ビジネスでは、そのリソースが多方面へ分散しやすい。結果として、経験やナレッジも分散し、会社としての競争力が積み上がりにくくなるのである。

ではどうすればいいのか。プラットフォーム型ビジネスの使い方は、大きく2つあると思っている。
プラットフォーム型ビジネスには、ふたつの勝ち方がある
ここまで、プラットフォーム型ビジネスの構造的な課題について述べてきた。
ここまで読んでいただくと、「ではプラットフォーム型ビジネスはやめた方がいいのか」と思われる方もいるかもしれない。しかし、私はそうは思わない。

むしろ、プラットフォーム型ビジネスはディープテックならではの非常に強力な経営戦略だ。ただし、それは「何を目的としてこのビジネスモデルを用いるのか」を明確にしている場合に限る。
私が思う、プラットフォーム型ビジネスの勝ち方は大きく二つある。
一つ目は、研究開発費そのものを主要収益源にすることだ。
二つ目は、勝ち筋を見つけるための探索装置としてのみ活用することだ。
どちらが正しいという話ではない。重要なのは自社がどちらを目指しているのかを最初から認識しておくことである。
研究開発費を主要収益源にする(ペプチドリーム、マイクロ波化学を例に)
製造業においては新しい技術を導入するまでに5~10年かかることも珍しくない。体力の限られたスタートアップにとっては、その期間を売上無しで生き延びることは容易ではない。
そこで、事業化までの研究開発過程そのものを価値として提供するという戦略が生まれる。
ペプチドリーム株式会社、マイクロ波化学株式会社はその代表例であると思う。両社とも模倣困難性の高い基盤技術を武器に、顧客が抱える高度な技術課題を解決すべく研究開発を行い、その対価として研究開発フィーを受け取るビジネスを展開してきた。研究開発フィーは数千万円、数億円となることが通常である。
とても高額に思われる方もいるかもしれない。しかし、それは両社が扱うテーマが、顧客にとって事業の競争力を左右するほど重要であり、自社だけでは解決が難しい課題だからである。それだけ顧客としては支払う価値がある課題を扱っているということである。
このモデルを目指すのであれば、自社の技術がそれだけ顧客にとって重要な課題を解決できるか、が第一関門となる。さらに、中途半端な技術力では事業が成立しない。顧客が数千万円、数億円を投じるだけの圧倒的な技術力と、多様な課題を解決できる組織力(オペレーション能力)が求められる。会社の基盤技術、バックグランドIPが未確立のうち、起業当初からプラットフォーム型ビジネスを志向しようとする会社をよく見かけるが、それでは十分な対価を得られないと思う。
勝ち筋を見つけるための探索装置として活用する
もうひとつは、収益源にするのではなく、あくまでも手段として割り切るということだ。最大のメリットは、多様な課題を解決するなかで、自社のコアコンピタンスが徐々に明らかになってくるということだ。さらに、投資という事実をもって、「お客様がお金を払ってでも解決したい課題」を非属人的に選別することができるのだ。

落とし穴は、手段の目的化が起こりやすいということである。
前述のとおり、プラットフォーム型ビジネスは現場レベルでは面白い。いろいろなお客様に必要としていただけるのもこの上なく嬉しいことだ。しかし、売上を積み上げるうちに期待が過度に集まってしまい、いつの間にか研究開発フィーを得ることが目的になってしまうのだ。
すでに述べたように研究開発収益だけでスタートアップとして独り立ちするのは容易ではない。例えば、研究開発プロジェクトが1件100万円だとすれば、100件受注しても売上は1億円である。だから、どのような目的でプラットフォーム型ビジネスを実施するのか、経営者はよく考えなければならない。
誘惑に負けてはいけない。

最後に
プラットフォーム型ビジネスは、禁断の果実である。
だから手を出してはいけないのではない。
しかし、自分たちはプラットフォーム型ビジネスをどう位置づけるのかを明確にしないままスタートしてしまう会社が非常に多い。開発そのものを収益源・目的とするのか、それともあくまでも勝ち筋を見つけるための探索装置に位置付けるのか。その答えを持ったうえで選ぶのであれば、プラットフォーム型ビジネスは、禁断の果実ではなく、極めて強力な経営戦略になる。


