プラットフォーム化の罠
技術起点の新規事業を考えるとき、こんな図を描いてしまったことはないでしょうか。
ひとつの基盤技術から、複数の用途へ展開していく“かっこいい図”。

私は、つい数年前まで、新規事業を考えるたびにこのような絵を描くのが癖でした。
今となっては、これを描く時点で「私は事業のリアルを知りません」と宣言しているようで恥ずかしくなります。
しかし当時の私には、この描き方がとても魅力的に見えていました。
自分たちの技術がいかに価値あるもので、いかに大きなインパクトを生み出せるのかを示したかったのだと思います。

もちろん、「ターゲット顧客を狭く、明確に定義せよ」「選択と集中をせよ」という定石は知っていました。
それでも当時の私は、それでは世界が小さく、どこかカッコ悪く感じてしまっていたのです。
私はこれを、「プラットフォーム化の罠」と呼んでいます。
そしてこれは、決して特別な話ではありません。
不思議なことに、株主からの出資や補助金のような戦略的資金を得ている人、サラリーマンとして安全な立場にいる人ほど、私と同じような状態に陥る傾向が強いように思っています。
特有の科学技術を利用して事業を興そうとするディープテック領域(社会課題を解決して私たちの生活や社会に大きなインパクトを与える科学的な発見や革新的な技術)においては、多くの起業家や研究者が、同じような図を描いています。
体感では10人中8~9人くらいはそうです。
プラットフォーム化の罠に陥ると、チームには次のような言葉が聞かれるようになります。
- 『うちは頑張って開発しているのに、どのプロジェクトも、お客さんの都合で進まない』
- 『過去に諦めた市場だが、もう一度検討してみよう(実は3回目、4回目)』
- 『市場規模が小さいから、多用途展開のストーリーで大きく見せよう』
これらはすべて、私自身が経験してきたことですが、
ある経験を経た今となっては、私の思考回路は大きく変わっています。
もうプラットフォーム化の罠にはハマらず、如何に勝ちパターンにリソースを集中させるかに注意できるようになりました。今回は、過去の私がプラットフォーム化の罠に陥ったときの失敗経験と、ここから抜け出したきっかけについてご紹介します。
プラットフォーム化の何がいけないのか
ディープテックにおける「プラットフォーム化」とは、一事業者が、汎用性の高い基盤技術を多用途に水平展開することを指します。例えば、iPS細胞の基盤技術をもつスタートアップA社が、
- 心臓外科手術向けの心筋シートの製造販売
- iPS細胞の受託生産
- 製薬会社における新薬開発用ツールのライセンス
などの複数の市場に展開するといった具合です。
一見すると、基盤技術からあらゆる事業が生まれる未来が見えて夢のようです。
しかし、現実はそう簡単ではありません。
多くの場合、
👉 どの用途でもゴールできない
という状態に陥ります。

👉 リソースが分散するからです。
スタートアップであろうと、大企業であろうと、検討当初のリソースは限られています。もともと限られている人材・時間・資金が、複数のターゲットに分かれることで、すべての進捗が遅くなります。ディープテック領域であろうとスタートアップは指数関数的な成長が求められますが、プラットフォーム化を前提にしてそのような成長を成し遂げた会社を私は見たことがありません。
厄介なのは、それぞれの市場で必要なものが大きく異なることです。
- 技術要件
- 顧客
- 商習慣
- 法規制
すべてが別物です。
つまり、市場ごとに“別の事業をやる”のとほぼ同じ負荷がかかります。
技術を事業にするには5~10年かかる
ある大手メーカーで同期だった私の友人が、
『10年以上取り組んできたプロジェクトで、ようやくサンプル出荷に至った!』
と喜んでいました。
技術を事業にするのがいかに難しいかをよく表すエピソードだと思います。
なお、自社ブランドの毀損リスクも考えなければならない大企業におけるサンプル出荷は、スタートアップにとっての事業化にほぼ等しいレベルであることもしばしばです。
それほど、一つの製品を世に出すことは大変なことです。

技術を事業にするには少なくとも3つのリスクがあります。
- 技術リスク(例:事業に至るための目標値(収率や粒子径など)に届かない)
- 事業リスク(例:競合事業・製品にシェアを食われる)
- 運(例:パートナー企業のキーマンの退職、市場環境の悪化など)
仮にそれぞれの成功確率を30%とすると、ある市場での事業化成功確率は、
30% × 30% × 30% = 2.7%
です。
ターゲットを複数置くことによってリスク分散できる利点は実際ありますが、そもそもゴールできなければ意味がありません。資産運用のように、分散投資は成り立たないということです。
私の失敗談
ケース① 他責思考
当時の私は、うまくいかない理由を外に求めていました。
「うちは頑張って開発しているのに、なぜ進まないのか」
「お客さんの事情でスケジュールが遅れる」
実際に、こうした出来事は起きます。
- 新規事業の中断
- キーマンの異動
- 経営方針の変更
どれも現場ではよくある話です。
しかし今振り返れば、問題はそこではなかったように思っています。
複数の用途を同時に追っていた結果、各々の顧客や市場に対する理解が浅く、関係性も中途半端でした。
もし一つのターゲットにリソースを集中配分していたなら、
- より深く顧客課題を理解できたのではないか
- 顧客に響く言葉遣い、データ、商習慣を獲得できていたのではないか
- 特定顧客にだけ依存しすぎないフォーメーションを築けたのではないか
もっとベストを尽くせたのではないかと思わざるを得ません。

つまり、
👉 「外部要因」ではなく、「自分の分散」が原因だったのではないか
ということです。
ケース② ぐるぐるループ
ある技術の用途を検討していたときのことです。
ターゲットA、B、C…と複数の選択肢を検討してきた。
どれも一長一短で決めきれない。
「決定打がないなあ」と悩んだ末、
「そうだ、Aを別のアプローチでやればいけるのでは?よし、X社にコンタクトしてみよう」
→ 進まない
→ ターゲットBへ
→ またターゲットAへ
――このループを繰り返していました。

一見するとPDCAを回しているように見えますが、実態は「決められないことによる移動」です。
ターゲットの間を歩きまわる様子はまるで、釣り堀でアタリが来ず、次々にポイントを変えてしまう釣り人のようだったでしょう。
この状態に隠された問題は、
👉 信頼が蓄積されないこと(そして、それに当事者が気づけていないこと)
です。
事業は、継続的な接点の中で信頼が積み上がっていきます。
継続的に顧客の目に触れ、信頼が積み重なっていくことで、問い合わせや協業に繋がっていくものです。
しかし、ターゲットを行き来していると、その時間軸が分断されてしまう。
どれだけ効率よく動いていても、
特定の市場に張り付いている人には勝てません。

ケース③ 建前としてのプラットフォーム化
新規事業案を決裁者や上司に提案すると、
「市場規模が小さいから、もっと広げて考えよう」
と言われることは少なくありません。
そこで、
- 本来の用途に加えて
- 他用途への展開ストーリーを加える
という“建前”の修正を行います。

例えば、微生物でビタミンを作ろうとしていたけど、バイオ燃料にもプラスチックにも展開するストーリーにする、といったような修正です。
当初は「通すためのストーリー」のつもりでも、
時間が経つにつれて、その建前は現実になります。
- 部下はそのまま受け取る
- 投資家もそれを前提にする
- 自分自身も徐々に信じ始める
そして気づいたときには、
👉 本当に全部やろうとしている状態
になってしまいます。
さらに厄介なのは、
👉 やらないと説明がつかなくなること
です。
その結果、
- 本質ではない検討
- アリバイ的な活動
- 無駄な資料作成
が増えていきます。
なお、最後のケース③の頃の私は、ある経験を経て、プラットフォーム化の罠を明確に認識していました。
つまり、技術を事業にするためには選択と集中が必要だと分かってきていました。
ある経験を経て、その心境に至ることができるようになってきたのですが、その経験とはどのようなものだったか、最後にご紹介したいと思います。
プラットフォーム化の罠から抜けたきっかけ
私の考えを変えたのは、自己資金での事業経験でした。
スモールビジネスです。
規模は小さいですが、条件はシンプルです。
👉 資金が尽きたら終わり
この環境では、無駄なことはできません。
自然と、
- ターゲットを極限まで絞る
- 再現性のあるパターンを探す
- 勝てる場所に集中する
という思考になります。

『ターゲットは製薬業界です』といった大雑把なターゲット設定では安心ができません。
『製薬業界のうち、ジェネリック医薬に注力している売上数十億円以上の企業に所属している、事業開発担当者がターゲットだ』というくらいまで絞り込まなければ、安心ができません。
ここで初めて、
👉 「選択と集中」は理論ではなく、生存戦略である
と理解しました。
遊ぶ余白がないのでストレッチは効きませんが、いかにリソースを最適に配分し、いかに食っていくかという感覚を身につけることができます。これは、企業の事業責任者としてP/L責任を負うのとは明らかに違います。
自己資金ベースの事業で、いわゆるスタートアップのようなインパクトを目指す必要はありません。
副業でも全然OKだと思います。
最後に
プラットフォーム化は魅力的に見えます。
ただし、多くの場合、それは幻想です。
しかし、預金残高が尽きるかもしれないプレッシャーを経験しなければ、リソース配分こそが経営であるということにはなかなか腹落ちすることができません。
私がおすすめしたいのは、資金調達を伴う起業にすぐに挑戦するのではなく
まずはスモールビジネスでも何でもよいので、
自己資金で事業を回す経験をしてから、上級者コースに挑んではどうかということです。

