ディープテックスタートアップにとって、集客や認知拡大は大きな課題である。
創業初期ほど、限られた資金の多くは研究開発に投じられるため、広告やマーケティングに潤沢な予算を割く余裕はない。しかし、ディープテックのマーケティングは、一般的なプロダクト以上に手間がかかる。
マーケティングの鉄則は、「お客様の課題がどのように解決されるか」を端的に伝えることだ。
製品そのものは解決手段にすぎないのだから、顧客が享受するメリットや効能にフォーカスするべきとされる。
しかし、ディープテックスタートアップの場合は少し事情が違うような気がする。
解決手段として使っている技術自体が、顧客から見れば「怪しい存在」でもあるからだ。

本当に安全なのか。
本当に実現できるのか。
ちゃんとした会社なのか。
顧客が構える「騙されないぞ」という盾を下ろしてもらうためには、原理、実績、安全対策など、一定量の情報を丁寧に提供しなければならない。
さらに、商談の席には、窓口担当者だけでなく技術面の見極め担当者も現れる。技術者に納得してもらうには、短時間の説明だけでは足りない。
展示会、ピッチイベント、広告では、接触時間が限られるため、説明負荷の高いディープテックとはやや相性が悪い側面もあると思う。
実際、創業初期の集客は、株主や知人からの紹介、あるいは権威ある学会・協会での招待講演に依存しがちになる。第三者の一定のお墨付きが、顧客を安心させる効果があるのだろう。しかし、それにも限界がある。紹介はいつか尽きるし、講演回数は自分の意思で増やせない。

また、一件ずつ個別面談を重ねる営業スタイルも、経営資源の限られたスタートアップには重い。
だからこそ、多くのディープテックスタートアップは、
「一定時間しっかり技術説明ができる」
「効率的に接点を作れる」
「継続可能である」
そんなサステナブルな集客手段を求めるようになるのだと思う。
これは、実は私自身が抱えてきた悩みでもあった。
2018年、ディープテックスタートアップの事業開発キャリアに挑戦したばかりの私は、必死で引き合いを増やそうとしていた。
当時は、インバウンド営業の土壌も知識もなく、こちらからアウトバウンド営業(PUSH営業)を仕掛けるしかなかった。

初めは紹介を中心に商談を重ねていったが、それはすぐに尽きた。既存の信頼関係ベースで発注いただけることもあったが、大半の顧客にとっては「初対面・初耳」の技術であり、すぐに「協業しましょう」とはならない。慎重な日本企業ならなおさらである。
客先を訪ねては、「検討してみます」で終わる。
そんな“点の営業”を重ね、ただ消耗していく日々だった。
そのとき、一つの転機が訪れた。2020年のコロナ禍である。
それまでの営業活動は、基本的に客先訪問が中心だった。しかし、コロナ禍によって、それが突然不可能になった。唯一の集客手段が断たれてしまったのである。
そのとき思いついたのが、ウェビナーだった。
現在では一般的になったが、2020年当時は、まだそこまで普及していたとは言い難かった。IT/SaaS業界や外資系BtoB企業など、一部では前例があったものの、多くの製造業では手探り状態だったと思う。
当時の集客ルートを分析してみると、学会や協会での講演ルートは、比較的受注率が高かった。
つまり、「一定時間、しっかり技術説明を聞いてもらうこと」が、ディープテック営業において重要なのではないか、という仮説が見えてきたのである。
しかし、学会や協会での講演は、多くが招待制であり、自ら増やすことはできない。
そこで考えた。
「ウェビナーを使って、自分たちで講演機会を作れないか」

これが、当時の発想だった。
以降、私は2020年から2024年にかけて、合計60回程度のウェビナーを実施することになる。のべ2,000人超のみなさまにお話してきた計算だ。
内容自体はシンプルで、会社概要や技術原理を紹介し、その後にアプリケーション例や導入実績をご説明する、というものだった。
しかし、毎回100人弱のオーディエンスにご参加いただき、中には継続的に参加くださる方もたくさんいらっしゃった。
結果として、ウェビナーは主力集客源になった。

きっかけは、コロナ禍によって従来の訪問営業が断たれたことだった。しかし結果的には、ウェビナーを通じて、多くの学びやノウハウを得ることになった。
その中でも、最も大きな気づきは、「ウェビナーで得ているものは、単なる引き合いではなく、信頼だった」ということである。
実際、「いつも見ています」と声をかけてくださる方も増えた。また、私自身も「あ、ウェビナーの人ですよね!?」と認識されることが増えていった。
多くの営業活動に共通するが、常にこちらからPUSH営業をかけなければならない状況は好ましくない。
理想的なのは、顧客側に信頼や理解が蓄積し、顧客から勝手に問い合わせてきてくれるのを待てる状態だと思う。
ウェビナーは、そのための非常に優れた手段だった。
長い時間をかけ、継続的に接触することで、顧客側の理解や考えを少しずつ醸成していく。そして、「本当に使えるのか?」「自社に適用できるのか?」を、顧客自身に考えてもらう時間を作れる。
特にディープテックの顧客は、多くの場合、専門性を持つ技術者である。
彼らは、理解できない技術を簡単には採用しない。また、自分の頭で原理や適用可能性を考えたがる。

私自身も技術者なので、その感覚はよく分かる。大まかにでも原理を理解できない技術は、正直使いたくない。
だからこそ、ウェビナーのように、じっくり説明できる場は、ディープテックと非常に相性が良かったのだと思う。
また、オーディエンスは参加時に連絡先を登録してくださるため、多数の潜在顧客との接点を継続的に持てるという意味でも、非常に効率が良かった。
一方で、ウェビナーを継続するのは、簡単ではない。
最も重要なのは、継続することだと思う。数回では足りない。
継続することで、少しずつ信頼関係が積み上がっていく。昔なら、営業担当者が定期的に客先へ通っていた役割を、ウェビナーが代替しているのかもしれない。

しかし、例えば毎月開催しようと思えば、ネタ作りも含め、かなり大変である。
実際、多くの会社では、「やりたいときだけ年1〜2回開催する」という形になりがちだと思う。
また、毎回同じ内容を繰り返していては、逆効果にもなる。継続するためには、常に新しい情報や切り口を提供し続ける必要がある。
さらに重要なのは、非対面だからこそ、手を抜かないことである。
ウェビナーは、単なるオンライン説明会ではない。信頼関係を構築する場だ。
話し方、資料、運営、情報管理、法令順守への姿勢。
努力すれば改善できる部分は、徹底的にやりきるべきだと思う。

世の中の人々は「スタートアップは信用ならない」と思っている。
よい意味で、それを裏切ることが必要だと思う。
せっかく参加したのに、準備不足に見えたり、マイクトラブルが続いたり、資料が雑だったりすれば、その会社を好きにはなれない。
また、開発成果や導入実績などの対外発表は、ウェビナーでしっかり紹介することが重要だと思う。
PR TIMESや自社HP、SNSへの投稿だけで終わってしまうケースも多い。しかし、スタートアップ業界の外にいる方々は、そもそもPR TIMESを見ていない。
だからこそ、自分たちの言葉で、継続的に説明し続ける必要がある。
ディープテックスタートアップの事業開発において、本当に難しいのは、「技術を説明すること」ではなく、「安心して検討してもらえる状態」を作ることなのだと思う。

優れた技術を持っているだけでは、なかなか売れない。
しかし逆に、時間をかけて信頼を積み重ね、「この会社ならちゃんとやってくれそうだ」と思ってもらえると、少しずつ相談や協業の話が増えていく。
ウェビナーは、単なる集客手段ではなかった。
顧客との信頼関係を少しずつ醸成し、「いつか必要になったときに思い出してもらう」ための土壌づくりだったのだと思う。
ディープテックは、理解されるまでに時間がかかる。
だからこそ、一度きりの派手なPRよりも、地味でも継続的な情報発信の方が、結果的には強いのだと思う。

