ディープテックの世界で試行錯誤するようになって8年が経ちますが、技術起点の新規事業やディープテックスタートアップに共通して見られる現象があります。
「手段の目的化」です。
少し刺激的な表現になりますが、30代の超未熟な私は、こんなことを考えていました。
今となっては、この違和感の正体を少しずつ想像できるようになってきました。
「社会実装したい!というビジョンは、創業者の動機付けには良いかもしれないが、途中からジョインした社員は共感しにくいのではないか。」
「一緒にイノベーションを起こそう!というのは聞こえは良いが、何かを変えることで社会にどのように貢献したいかが重要ではないだろうか。変える過程が目的ではないはず。」
技術を実用化したいという想いがもたらすパワー
ディープテック企業では、
- 技術を社会実装する
- 世界を変える
という言葉をよく耳にします。
もちろん、それ自体は素晴らしいことだと思います。
長年研究開発に取り組み、ようやく生まれた技術です。
発明者や開発者が、
「何としてでも実用化したい」
と思うのはごく自然な感情だと思います。

私自身も研究者だった頃はそうでしたし、今でも魅力的な技術を見ると同じ気持ちになることがあります。
さらに言えば、起業家にとってはなおさらです。
地位も安定も捨てて挑戦するのだから、
「とにかくこの技術が好きだ」
という情熱は極めて重要な燃料になると思います。
理由や合理性などなくてもいい。
起業家は、時間を忘れて没頭できるものに取り組むべきだと思います。
しかし、それはあくまで創業者個人の話だと思うのです。
技術に惚れた仲間が集まる創業期
起業当初は、技術に惚れ込んだ仲間が集まるでしょう。
核融合。
植物工場。
宇宙開発。
どれも魅力的な言葉です。
その技術に未来を感じた人たちが集まり、日夜研究開発に取り組みます。プロジェクトXのような世界のイメージです。

そして、誰も相手にしてくれなかった技術に初めて顧客が興味を示してくれる。
展示会で初めて名刺交換ができる。
試作品が初めて動く。
すべてが特別な出来事だと思います。
だから、「技術の社会実装」という旗だけでも組織はまとまる。
問題は、その先だと思うのです。
事業拡大とともに失われる「あの頃のワクワク」
事業の成長とともに、組織は変化します。これは避けられない変化です。
10人だった会社が20人になる。
20人だった会社が50人になる。
プロダクトマーケットフィットが見え始める。
すると会社は、
「再現性」
を求めるようになる。
事業とは本来、
売れる場所を見つけ、
同じことを繰り返し実行する活動だからです。
業務は標準化される。
仕組みが作られる。
数字が求められる。
創業期のような毎日が新しく、ジェットコースターのような日々は減ってきます。
この頃になると、
「昔は楽しかった」
と言い始める人が出てきます。

実は私自身もそうでした。
業界を変えようというビジョンに共感し、全力で走り続けてきました。
しかし会社が成長するにつれ、
「自分は何のために走っているのだろう」「走った先に何があるのだろう」
と考えるようになりました。
そのとき気づきました。
創業者が見ている景色と、社員が見ている景色は必ずしも同じではないということです。
社員が共感しやすいのは技術ではなく社会貢献性
創業者は技術そのものに強い思い入れを持っています。
しかし社員は違います。
社員が共感するのは、
- 顧客への価値提供
- 社会課題の解決
- 自分自身の成長
などであることが多いと思うのです。
もちろん技術が好きな人もいます。
しかし全員が、
「この技術を社会実装したい」「この技術の実用化に人生をかけたい」
という強い思いを持っているわけではありません。
だから会社が大きくなるほど、
技術そのものを目的として掲げることに限界が生まれるのです。
経営者がすべきこと
私は、手段の目的化そのものを否定するつもりは毛頭ありません。
むしろ創業期には強力な推進力になります。
しかし組織が成長し、ステークホルダーが増えてきたステージでは、話は別です。
経営者は、
「技術を普及させること」
ではなく、
「その技術でどんな未来を実現したいのか」
を語る必要があります。

核融合技術そのものに共感する人よりも、持続可能なエネルギー社会に共感する人の方が多い。
植物工場技術に共感する人よりも、食料危機の解決に共感する人の方が多い。
宇宙開発に共感する人よりも、人類の可能性を広げる未来に共感する人の方が多い。
冷たい言い方になってしまいますが、第三者の多くにとっては、技術は手段にすぎないと思うのです。
「手段の目的化」が影響を及ぼすのは採用だけではない
これは採用や組織づくりだけの話ではありません。
事業開発や顧客開拓においても、まったく同じことが起こります。
事業の立ち上げ初期には、そのスタートアップが掲げる夢やビジョンに共感し、応援してくれる顧客が存在します。

「その技術が世の中に出たら面白い」
「ぜひ実現してほしい」
そう考え、自社にとって必ずしも経済合理性が高くないにもかかわらず、実証実験や共同開発に付き合ってくださる企業も少なくありません。
私自身も、そのようなお客様に何度も助けられてきました。
しかし、その状態のまま事業をスケールさせることはできません。
プロダクトマーケットフィット後に必要になるのは、「応援」ではなく「拡張性」「再現性」だからです。
当然、多くの顧客は個人的の夢をスタートアップに託すためにお金を払うわけではありません。
自社が抱える課題を解決するためにお金を払います。
だからこそ、
- 私たちは何者なのか
- どのような顧客課題を解決するのか
- なぜ私たちでなければならないのか
を明確にする必要があると思っています。
社員にできること
一方で、社員側にも考えるべきことがあると思います。
会社は変化します。
そして成長する会社ほど、競技そのものが変わります。
0→1、1→10、10→100はどれも別競技です。
仕事が均質化したように見えても、
そこには新しい難しさがあります。
組織づくり。
品質管理。
コンプライアンス。
スケールアップ。
創業期には存在しなかった課題が次々に現れます。
その変化を前向きに受け入れるのか。
それとも、自分はやはり0→1の環境が好きなのか。
どちらが正しいという話ではなく、適性や好みの問題です。答えはあなた自身だけが持っています。
大切なのは、会社が置かれているステージを適切に認識し自己の適性も理解したうえで、次のステージの困難にも引き続き前向きに挑戦するのか、自ら選択することだと思います。

おわりに
技術の社会実装は尊いです。
しかし、会社の目的まで「社会実装」にしてしまうと、どこかで限界が訪れると思っています。
創業者が情熱を燃やす対象と、組織全体が共感する対象は必ずしも同じではないからです。
「この技術を社会実装したい!」というあの頃の熱い思いに共感してもらえなくなるのは寂しいことですが、その野望は自分の引き出しのなかにしまって大事に育て、
「何のためにその技術を社会実装するのか」
を組織に語り続ける必要があると思います。
創業者の夢だけで組織を束ねられる期間は、思っているより短いのかもしれません。

