スタートアップ魂で大企業に転職し、見事に返り討ちにあった話

目次

はじめに

私はこれまで、以下のようなキャリアを辿ってきた。いわゆる「ジョブホッパー」と言われても仕方ない経歴だと思う。

2012年、25歳大学院修士卒(生物系:微生物由来の新規酵素探索)
2012年、25歳大手化学メーカー/研究開発(微生物によるCO2やメタンからの物質生産)
2018年、31歳ディープテックスタートアップ/事業開発責任者(マイクロ波化学プロセス)
2023年、36歳ディープテックスタートアップ/事業開発責任者(バイオものづくり)
2024年、37歳大学発スタートアップの社長候補として起業検討(ゼニゴケ。同時に、個人事業を開業)
2025年、38歳キャリアブレイク
2025年、38歳大手機械メーカー/新規事業開発課長(植物工場)
2026年、39歳個人事業主(スタートアップ/大学の事業開発支援)

研究開発から事業開発、そして個人事業ながら経営っぽいことまでしてきたが、「製造業でいかに技術を事業にしていくのか」という問いに一貫して向き合ってきた。どの場所でも全力で仕事をしてきたつもりなので、辿ってきた道に後悔はない。

今日はその中でも、私が38歳のとき、大企業の新規事業開発に転職した際に経験した挫折について書いてみたい。なぜ書こうと思ったかというと、大企業という巨大組織のなかでの新規事業開発が、スタートアップでのそれとは全く異なる競技に感じられたからだ。さらに、一般的な書籍では「イノベーションのジレンマ」や「本業による汚染」といった言葉によって大企業での新規事業の難しさが語られているが、それだけでは表現しきれない様々な難しさを学んだため、自身の振り返りも含めて本記事を執筆することにした。

大学発スタートアップの起業断念を機に、8年ぶりに大企業の世界へ

6年間在籍した大手化学メーカーの研究開発部門を離れて以降、ディープテックスタートアップの事業開発として約8年間を過ごした当時の私は、すっかりスタートアップ的なマインド・価値観に染まっていた。

出来ない理由よりも出来る道を探そう

まずはとにかく、目の前のお客さんの課題を解決することが重要だ

事業立ち上げに何より必要なのは、気合いだ

そんなことばかり考えながら、多くのお客様と会い、仮説検証を繰り返してきた。幸運にも環境に恵まれ、事業開発責任者として東証グロース市場への上場も経験させていただいた。自分の思うように事業を作りたいという想いが強くなり、大学発スタートアップの起業にも挑戦した。

結局起業はできなかったが、自分自身の人生を賭けて事業を考えた経験は大きな学びになった。

・株式会社とは何か。

・経営者とは何か。

・従業員とは何か。

・事業とは何か。

以前よりは少しだけ理解できた気になっていた。例えば、株式会社(特に上場企業)の何よりの責務は、企業価値を上げて株主に報いること(顧客や従業員、社会に対する責務も非常に重要なものとしてあるが、株式会社という制度においてはまず何より優先されるのは株主だと思う)。事業とは、まずお客様の課題を解決し、解決の対価をいただき、その一部を再投資して事業活動を拡大すること(月並みだが、給料をもらった後に仕事するのではないということ)。会社経営していると正論だけでは成立しない局面がたくさんあること。これらはすべて当たり前といえば当たり前だが、一従業員のままでは一生分からなかったであろうことを実際に学ぶことができ本当に良かった。

とはいえ、起業を断念したことで私は無職となった。ちょうど身内の不幸も重なってしばらく定職に就く気持ちになれず、半年ほどの無職期間を過ごした。収入がなくなると人は突然弱気になることも、このとき初めて分かった。起業を考えていた頃の強気な自分はどこへやら、不安ばかりが頭をよぎるようになり、貯金を切り崩す怖さを知った。

そんな時にご縁をいただいたのが、ある大手機械メーカーの新規事業開発ポジションだった。

正直に言えば、自信もあった。ディープテックスタートアップで長らく事業開発をやってきて、現場で顧客と向き合い、修羅場もたくさん経験してきた。実際に事業も作ってきた。

大企業で暴れてやる

スタートアップ魂を見せてやる

そんな気持ちがあった。

スタートアップ経験を活かして初日からアクセル全開。しかし…

入社後しばらくは順調だった。スタートアップでの事業開発経験に期待していただき、大きな裁量も与えていただいた。私は早速、新規事業の構想づくりに取り組んだ。

ターゲット市場と顧客

解決すべき課題

ソリューション

競争優位性と模倣困難性

ソリューションの心臓となる技術と実現可能性

市場調査レポートのような他者も入手できる情報ではなく、自らで現場で集めた一次情報を中心に組み立てていった。スタートアップ時代に学んだことを総動員した。現場の方々からの反応も悪くなかった。むしろ好意的だったと思う。私は内心、「これはいける」と思っていた。

ところが、本当の試練はそこからだった。マネジメント層への説明を始めた途端、空気が変わった。

面白いとは思う

ただ…..

そんな反応が続いた。最初は理由が分からなかった。顧客課題も、市場も、競争優位性もすべて明確のはず。絵にかいた餅ではなく、リアルな顧客の課題をとらえていたはずだったし、技術の使い方もファンタジーではないはずだった。

なぜ前に進まないのだろう。なぜ刺さらないのだろう。

かなり困惑したが、少しずつ気づき始めた。自分としてはまっすぐ本気でビジネスプランを考えているつもりだったが、実はスタートアップの視点でしか物事を見ていなかったのだ。

分かっていなかった「大企業ならでは」の難しさ

●意思決定者の多さ

まず驚いたのは、意思決定者が見えないことだった。

スタートアップでは比較的シンプルだ。

CEO。

投資家。

顧客企業側の決裁者。

物事を進めるにあたって誰と話せばよいか、誰を攻略すればよいかが分かりやすいが、大企業では違った。公式な決裁ルート上のキーマンたち以外にも、多くの影響力を持つ人が存在するように見えた。

研究開発部門。

事業部。

役員。

長年会社を支えてきたキーパーソンたち。

組織図には現れない力学が存在していた。そして私は、その地図を持っていなかった。

●変数の多さ

次に学んだのは、「確からしい」「勝てる」だけでは足りないということだった。

スタートアップではまず顧客課題を解決し、自社が稼げる状態を作ることが重要になる。どんなに優れたビジネスプランがあっても、キャッシュが無くなればゲームオーバーだからだ。だから、稼げるならば極論何でもいいし(非合法、公序良俗に反するものを除いて)、理想やビジョンを語っている余裕は創業当初にはない。

しかし大企業では、それ以外に考慮しなければならない変数が非常に多い。そしてそれらがすべて満たされる解を探さなければならない難しさがあると思った。

社会との関係。

顧客との関係。

スポンサーとの関係。

政府との関係。

業界との関係。

世の中で常識と言われていること。

事業単体で見れば正しそうでも、会社や社会全体として見たときに本当に進むべき方向なのか、数多の変数を満たしながら進めるバランス感覚が求められていた。

●動機付け

そして最も印象的だったのは、

「なぜ当社がやらなければならないのか」

という問いだった。

当時の私は、次のように考えていた。

明確な市場がある × 顧客が困っている × 自社として競争優位を作れる → 参入すべき

しかし、それだけでは足りなかった。

なぜ他社ではなく当社がやらなければいけないのか。

当社は社会に対して何を果たすべきなのか。

なぜ今なのか。

どんな未来を作りたいのか。

お金のことではない、ある種の感情的とも言える問いに向き合うことが重視されているように感じた。「ごちゃごちゃ言わずにとにかく儲けろ(でないと死ぬ)」というスタートアップとは大きな違いだと思った。私は勝手に、大企業ほど冷静でドライに判断するものだと思い込んでいた。だから意外だった。同時に、自分の理解の浅さを思い知った。

●研究開発リスク

ディープテックスタートアップの世界にどっぷり浸かっていた私は、おそらく「技術リスク」に対してかなり鈍感だったと思う。そして、研究開発の壁を越えてはじめて競争優位性や模倣困難性を得られると思っていた。もともと技術者だった私は、そもそも研究開発要素がないテーマは面白くないとも思っていた。

ひとえに大企業といっても、研究開発部門と事業開発部門のどちらでの新規テーマ立案なのかによっても、技術リスクを許容できるか否かは異なるかもしれない。ただ、組織としてのブランドや社会的影響力が増すほど思い切ったリスクテイクは難しくなる。にもかかわらず、新規事業投資は大きなリターンを生まなければならないのは構造的な必然だ。このような状況下では、会社にとってど真ん中の事業領域か(石油会社にとっての次世代燃料とか、食品メーカーにとっての代替食品とか)、あるいは「宇宙」「核融合」といった社会的なメガトレンド領域でもない限り、中長期的な研究開発リスクをとることを前提とした新規事業案は受け入れがたいことを思い知った。

●短所・リスクにも目を向けるバランス感覚

最後に、ある方から投げかけられた質問を今でも覚えている。

良いアイディアだと思うよ。

でも、あなたと同じアイディアを、これまで誰も思いつかなかったことはないはずだ。

なぜ今まで実現できなかったのだろうか?

私は答えられなかった。

スタートアップで染み付いた思考は、

なぜ出来ると思うのか。

顧客は何と言っているのか。

なぜ自社が勝てるか。

などを考えるものだった。

大企業のマネジメントからの問いは、私にとって全くの別世界からのものだった。新規事業においては短所をつぶすよりも長所に目を向けるようにしてきたが、バランスよく短所をつぶす目も求められることがわかった。

最後に

大企業での新規事業開発は、私にとって決して成功体験とは言えない。

むしろ挫折だったと思う。しかし今振り返ると、あの経験があったからこそ見える景色もある。

私は事業を作る方法を学んだつもりでいたが、巨大な組織を動かす方法は学んでいなかった。

そして事業そのものだけではなく、

「なぜ自社がやるのか」

という物語を作ることの重要性も理解していなかった。

スタートアップと大企業。

どちらが優れているという話ではない。

ただ、両者は想像以上に違う競技だった。

少なくとも当時の私は、その違いを全く理解していなかった。

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