はじめに
ディープテック領域で事業サイドの仕事をしていると、技術部門から「出来ません」「難しいです」と一蹴される経験は、誰しも一度はあるのではないでしょうか。
1年近くかけて信頼関係を築いてきた超大企業。
ようやく具体的な引き合いをいただけるまでに至った。
しかもテーマは、その会社が中期経営計画にも掲げている重要課題。
「これ受注したら、うちの会社、変わるぞ」
そんな興奮を抱えながら会社に持ち帰る。
はやる気持ちを抑えつつ、CTOや技術部門のマネージャークラスに案件内容を説明する。
しかし返ってくるのは、
「それは無理だと思います」「難しいですね」
という一言。

営業・事業サイドとしては、
「いや、まだ何も検討してないじゃないか……」
「そんな簡単に諦めないでくれよ……」
と思ってしまうこともあるでしょう。
ですが、もしあなたが、
「技術部門が無理と言うなら仕方ないか」
と、そのまま引き下がっているなら、もう一度だけ確認してみてもいいかもしれません。
ディープテックの世界では、
「さっきは難しいと言いましたが、その前提なら成立するかもしれません」
という前言撤回は、実は珍しくありません。
なぜなら、技術者が判断するために使える情報は、基本的に、あなたが持ち帰った情報だけだからです。
つまり、“前提条件”が変われば、結論そのものが変わることがあるのです。
技術者からの「出来ない」「難しい」への対処 ~初級編~
まず前提として理解しておきたいのが、技術者という人たちの特性です。
技術者の多くは、科学的に誤った発言を極端に嫌います。
少なくとも、私はそうでした。
つまり、科学者にとっては、
「絶対できる」と言い切れるケース自体が少ないのです。
「出来ます」と言って始めたのに、後から重大な技術課題が発覚したらどうなるか。
当然、責任問題になります。
だから、人はどうしても保守的判断に寄りやすくなります。
これは、技術者がnon-innovativeだと言いたいわけではありません。
そもそも、ディープテックの世界で“完全なYes”を言い切れるケースは多くありません。
未知の技術リスクがどこに潜んでいるか分からない中で、断定するにはとても勇気がいるのです。
そんな技術者から、適切な答えを引き出すために非常に重要な言葉があります。
「それは、どんな前提で?」
です。
私は、技術者の「出来ない」には、大きく二種類あると思っています。

まず一つ目。
科学原則的に不可能なケースです。
例えば、
- エネルギー保存則に反する
- 重力に逆らう
- 永久機関を作る
といった類のもの。

これは、本当に無理です。
しかし、注意しなければいけないのは二つ目です。
科学原則的には可能だが、
「その条件下では成立しない」
というケースです。
実際には、
- コスト
- スループット
- 設備の設置可能面積
- 品質
- 安全性
など、さまざまな制約条件の上で「難しい」と判断されていることが非常に多いのです。
しかし事業というのは、意外と前提条件に柔軟性があります。
例えば、
- 実は工場内に排熱が余っていた
- 投資回収期間は3年ではなく7年でもよかった
- 連続運転が必須だと思っていたが、顧客はバッチ運転でも構わなかった
- キー技術を、別のスタートアップからライセンスしてもらえることになった
こうした条件変更によって、結論そのものがひっくり返るケースを、私は何度も経験してきました。
技術者からの「出来ない」「難しい」への対処 ~上級編~
ここから先は、ディープテック営業において最も重要な話かもしれません。
それは、
「お客さんから渡されたお題そのものを疑う」
ということです。
例え話をします。
あなたは、新しい殺菌技術を持つスタートアップに勤めているとします。
ある日、お客さんからこんな依頼が来ました。
「100℃で1時間、サンプルを殺菌してほしい」
通常の殺菌処理は数分レベルです。
明らかに長い。なにかがおかしい。

ここで、違和感を無視して
「100℃で1時間殺菌できる?」
と、そのまま技術部門に持ち帰ってはいけません。
まず確認すべきなのは、
「なぜ1時間必要なのか?」
です。

あなた
「なぜ1時間もの殺菌時間が必要なのでしょうか?」
お客さん
「普通の加熱では死滅しにくい菌が含まれているようなのです。今回は品質やコストへの影響はそこまで気にしていません。」
あなた
「なるほど。であれば、当社は150℃近い高温処理や、電磁波による非加熱殺菌技術も持っています。処理時間は短い方が望ましいですよね?」
お客さん
「その通りです。HPを見る限り、100℃加熱しか出来ない会社だと思っていました。」
これは一例ですが、実際のディープテック営業では、
“顧客のお題そのものが、誤解の上に成立している”
ことが非常によくあります。
特に、新しい科学技術はまだ市民権を得ていないことも多い。
だからこそ、お客さん側も、
- 何が出来るのか
- 何が制約なのか
- 何を変えられるのか
を正しく理解できていないケースが珍しくありません。
つまり、
「顧客が提示した条件」
そのものが、本当に最適条件とは限らないのです。
最後に
科学技術を使った事業では、事業サイドと技術サイドの連携が欠かせません。
しかし、それぞれが全く異なる専門性に立っているからこそ、コミュニケーションは非常に難しい。
だからこそ重要なのは、
“技術と事業を翻訳できる人”
なのだと思います。
「どんな前提で?」
ディープテック事業では、この一言から、止まっていた案件が再び動き出すことがあります。


