いつも他人様の事業や技術についてご紹介していますが、今日は私自身、2012年から研究者としても関わってきた「バイオものづくり」の世界について、ご紹介します。(※私見です)
バイオものづくりとは?
バイオものづくりとは、生き物を使ってものづくりをする事業・産業のことです。高市政権の文脈だと「未来の技術」のように聞こえるかもしれませんが、すでに100年近くの歴史があり、多くの製品を生みだし、私たちの生活を支えている領域です。最も身近なところでは、お酒や醤油といった発酵食品でしょうか。それから、味の素で有名なアミノ酸(グルタミン酸ナトリウム)もバイオものづくりによるものです。最近(実は1990年頃から)では、抗体(タンパク質)という医薬品原料が動物細胞などによって作られています。
従来の石油資源からものを製造するのではなく、サトウキビ、廃木材、CO2などを原材料にできるため、カーボンニュートラルな革新的産業だと期待されてきました。また、石油化学産業では製造できなかった、複雑な分子構造の物質を製造することもできます。一方、科学技術ですから向き・不向きがあり、バイオものづくり産業の歴史は、多くの失敗と停滞の歴史とも言えます。(いかなる科学技術も同じだとは思いますが・・・)
そして私のキャリアもまた、「どうしたらバイオものづくりを一大産業にできるのだろう・・・。日本のお家芸と言われる発酵技術を活かして、もっと儲けることができないのか・・・。」と考えてきたキャリアでもありました。本来、ビジネスにおいて「科学技術は手段」にすぎず、手段が目的化するのは好ましくありません。しかし、バイオ分野というのは、良くも悪くも手段としてのバイオ技術に惚れ込み、これを社会実装することに情熱を燃やし続ける方がひょっとしたら多いの分野なのかなと感じています(良い意味も含めています)。
バイオものづくりの歴史
とにかく、バイオものづくりの失敗と成功の歴史を紐解くことによって、この分野の勝ち筋が見えてくるのではないかと思い、本記事を書くことにしました。結構力作だと思っていますので、よかったら暇つぶしにこの先も読んでみてください。

バイオものづくり産業は、1900年代前半から始まっていると私は定義しています。具体的には、大まかに次の4つのフェーズに分かれます。
Phase 1: 伝統発酵~戦争による産業発酵の誕生(~1945年頃)
社会的には食糧保存、嗜好品、地域産業の色が強く、経験知にもとづいた技術によって、酒、酢、醤油などが作られていました。生物がなぜか生まれつき作るものを活かしたモデルです。その後、第二次大戦が勃発し、国家が必要とする資源の確保が重要になります。その流れで、ペニシリンのような抗生物質、アセトン、ブタノールといった工業溶剤の発酵生産が工業化しました。
Phase 2: 戦後、石油化学の圧勝期と遺伝子組換え革命(1945~1990年頃)
石油化学産業の発展によって、第二次大戦中に一気に工業化したアセトン、ブタノールなどの発酵生産業はコスト競争力を失い、一気に衰退の道を辿ります。その後、現れたのは、インスリンなどの医療用タンパク質の製造でした。これを可能としたのは、遺伝子組換え技術です。「自然界に存在する原理やモノを利用する」という従来のアプローチから、「人間の欲しいものを、生物を改造して作らせる」に変わった瞬間でした。
Phase 3: 原油高によるホワイトバイオバブルの到来と崩壊(2000年代)
社会的には、原油高に影響を受け「脱石油」期待が高まったことで、バイオものづくりは再度脚光を浴びることになります。おそらく当時は「ホワイトバイオバブル」などと呼ばれていました。技術的には、ヒトゲノム計画以降、生命の設計図であるゲノムDNAが解読され、それまで以上に人間の思うように生き物を遺伝子操作できるようになっていました。クローン羊「ドリー」が生まれたのも、1996年と同じ頃です。
バイオものづくりの研究者たちは、脱石油期待に応えるべく、1,3-PDO(プロパンジオール)、1,4-BDO(ブタンジオール)、コハク酸、イソブタノール、藻類バイオ燃料など多くの「汎用化学品系」のターゲットを研究し、ネイチャー、サイエンスなどの学会誌もにぎわせました。(余談ですが)Keasling、Stephanopoulos、Voigt、J. Liao、Atsumi、Silver、Sang Yup Lee、まるで推し活のように、有名研究グループの論文を貪るように読み、追いかける日々を送っていました。米国を中心に、数多くのスタートアップが国や投資家から大型資金を調達していました。残念ながら、シェール革命などの背景から、石油由来品とのガチンコ勝負に敗れた多くのプロジェクトが撤退となり「ホワイトバイオバブルの崩壊」となりましたが、1,4-BDO、1,3-PDOなどの一部のプロジェクトは今日まで事業開発を続け、商業生産に至っています。特に、1,4-BDOは、米サンディエゴで1998年に設立したバイオスタートアップGeno社(当時の社名はGenomatica)がずっと手掛けています。
Phase 4: 合成生物学による高付加価値化シフト(2010年頃~)
2000年代、ホワイトバイオブームでの教訓を受けて、バイオものづくりのターゲットは高付加価値品にシフトしていきます。基盤となる技術の発展も背景にあり、“植物由来だが供給が不安定で高価、石油化学では生産できない天然物質”が主なターゲットになりました。米国カリフォルニア大学デービス校のJ.Keasling教授が設立したAmyris社は、ヨモギに含まれるマラリア薬の原料「アルテミシニン」の生産で大きく注目されました。当プロジェクトは残念ながら撤退となりましたが、ファルネセン(植物の精油成分)、スクワラン(サメの肝油)、ヌートカトン(柑橘類の芳香成分)などは事業化に至りました。
そして、現代。カーボンニュートラルが重要視され、また、サプライチェーンリスクが顕在化した現代においても、2000年頃からの高付加価値品ねらいは継続しているような印象があります。ただし同時に、未来の食料危機のため、「代替タンパク質」の生産が多く試みられる状況となっています。(当該分野では、バイオものづくりではなく、精密発酵と呼ばれていますが、基本的な技術は共通のところに根差しています)
歴史から読み解く、バイオものづくりの勝ち筋とこれから
ここまで、100年以上のバイオものづくりの歴史を4つのフェーズに分けて振り返ってきました。ちなみに、各時代に取り組まれたターゲットを、具体的な物質名レベルで表すと次のようになります。お詳しい方は、「そんなのもあったな~」と思われるかもしれませんね。ちなみに、私自身は、2,3-BDO (2015年頃)、カダベリン(2017年頃)、ポリフェノール(2024年頃)を研究者としては触っておりました。(Kanno et al. Nature Communications. 2017)

このように、バイオものづくりの歴史をまとめてみると、勝ちパターンに一定の共通性が見えてきます。
これまで試みられた主なターゲットを、①事業的な観点(売り先のある既知物質か。現行製造法に課題があるか)、②技術的な観点(生産性アップの自由度が高いか)で分類してみました。当然の考察にはなりますが、いずれも満たすターゲットが生き残ってきたと言えると思います。もちろん、市場には存在しない新規物質・新規製品には無限の可能性があり、当たればホームランになるかもしれません。カネカ社が進めている、生分解性プラスチックが最たる例です。しかし、極めて長期間の我慢、ある種の持久戦を覚悟する必要があり、時間制限のあるスタートアップには向かないと思います。大企業での研究テーマやスモールビジネスとして、じっくり市場を作り、育てるアプローチが適切だと私は思っています。

今後のバイオものづくりはどうなるか。今申し上げた勝ちパターンにはかなりの一般性があると感じており、例えば現行法(石油化学での生産)が盤石で課題が無いものを、バイオ法で置き換えるというのは今後も難しいと思っています。オイルショックのようなサプライチェーンを揺るがすことが起これば、バイオブームが再来するかもしれませんが、あくまでも一時的な構造変化であり、不可逆なものではありません。2000年代のホワイトバイオバブルの崩壊を繰り返すだろうと思います。現行法は、しばしば「もうひと踏ん張り」する余力を残していることにも注意が必要でしょう。
その点では、バイオものづくりが今後目指すべきは高付加価値シフトの深耕であり、もっと言えば、過去のバイオ技術では作れなかったターゲットを最新技術で作れるようにするのがメインストリームではないかと思います。例えば、下記の神戸大学の取り組みはその一例になるでしょう。ただし、分子の大きさ(分子量)が大きくなるほど技術的難易度は確実に増すので、分子量を抑えつつ石油化学では作れないもの(レアシュガーなど)が望ましいでしょう。

一方で、バイオものづくり研究者の最後の夢は、「石油化学に勝つこと」でもある気がしています。私も同じ夢を抱いていますので、汎用化学品をバイオで作る、という動きは一定今後も残り続けるでしょうし、応援したいと思います。
